『ウエストミンスター小教理問答 第9問』 2012年01月29日
問9 創造の御業(みわざ)とは、何ですか。
答 創造の御業(みわざ)とは、神が、すべてのものを無から、力ある御言葉(みことば)
により、六つの日にわたって、万事(ばんじ)はなはだよく造られたことです。
「すべてのものを無から・・・万事はなはだよく造られたことです。」
「初めに、神は天地を創造された。」(創世記1:1)
神は、すべてのものをまったくの無からお造りになりました。造られたものの偉大さは、それらを創造なさった神のご栄光をあらわしています。
「信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。」(ヘブライ11:3)
私たちがどれほど絶対的に神に依存する小さな存在であるかを知ることは幸いです。大いなる神を知って依り頼むことこそ、私たちの喜びであり、力です。
「わたしの助けは来る。天地を造られた主のもとから。」(詩編121:2)
「わたしたちの助けは、天地を造られた主の御名にある。」(詩編124:8)
「主を喜び祝うこととこそ、あなたたちの力の源である。」(ネヘミヤ8:10)
「力ある御言葉により」
「御言葉によって天は造られ、主の口の息吹によって天の万象は造られた。」(詩編33:6)
どんなに権威ある人の言葉であっても、その人の言葉だけでは何も始まりません。栄華を極めたと言われるソロモン王にいかに権力があり、知恵があり、財力があっても、その言葉だけで神殿が建てられたわけではありません。その言葉に従って働く多くの人々や用いる資材の数々が必要でした。また、彼に先立って、神殿建設のために父ダビデが多くの準備をしてくれました。しかし、神の創造は違います。だれの助けも借りず、何も用いません。また、先立つ準備も必要としませんでした。ただ「御言葉によって」造られたのです。このような聖書の啓示によって、まったく何ものにも依存しない神のご栄光が示されています。
聖書は、私たちの科学的な関心を満足させるために語っていません。信仰的な必要を満足させるように語っています。
「人が神について何を信じなければならないか」について語っているのです。(参照・問2)
信じるべきことを信じて、
「主に依り頼む人はいかに幸いなことでしょう。」(詩編84:13)