『ウエストミンスター小教理問答 第82、84問』 2012年2月5日
問82 神の戒めを完全に守れる人が、だれかいますか。
答 ただの人は、堕落以来、この世では、だれも神の戒めを完全には
守れず、日ごとに思いと言葉と行いによって破っています。
問84 罪は、みな、何に相当しますか。
答 罪は、みな、この世でも来るべき世でも、神の怒りとのろいに相当します。
「ただの人は・・・だれも神の戒めを完全には守れず・・・」
「善のみ行って罪を犯さないような人間はこの地上にはいない。」(コヘレト7:20)
「わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。」(第一ヨハネ1:5)
そのような神に対して、
「自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。」(第一ヨハネ1:8)
しかし、どうしようもない、そんな「ただの人」が、主の救いによって永遠に神と共に生きるのです。
「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」(ヨハネ17:3)
「罪は、みな、この世でも来るべき世でも、神の怒りとのろいに相当します。」
神の愛を知らなければ、罪はわかりません。神は御自分にかたどって人間を創造されました。人間は、神によって造られた傑作です。こう書かれています。人間を創造した後、
「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった」。(創世記1:31)
その傑作を台無しにする罪に対して、神が怒り、それをのろうことは不当なことでしょうか。冷たく怒る神を想像すべきではありません。
「・・・わがはらわたはモアブのために、わが胸はキル・へレスのために竪琴のように嘆く。」(イザヤ16:11)
「わたしのはらわたよ、はらわたよ。わたしはもだえる。心臓の壁よ、わたしの心臓は呻く。わたしは黙していられない。」(エレミヤ4:19)
「あなたの唇が公正に語れば、わたしのはらわたは喜び躍る。」(箴言23:16)
人の罪を怒りのろいながらも、あくまで人間を愛して救おうとされました。ここに愛があります。