『ウエストミンスター小教理問答 第35問』 2013年8月11日
問35 聖化とは、何ですか。
答 聖化とは、神の一方的恵みによる御業です。それによって私たちは、人間全体にわたり神のかたちに従って新しくされ、ますます罪に死に義に生きることができるものとされるのです。
神の御業です。
キリストをほんとうに信じるようにされたなら、
この世でどんな祝福があるのか?
どんな良いことがあるのか?
「聖化」は、そのような問いに対する3番目の答えです。
「聖化」は、「義認(問33)」や「子とされること(問34)」のような神の決定ではなく、神の御業です。
神の決定には、私たちの変わりやすい心や思いを越えた確かさがあります。神の御業には、私たちを新たに造り変えていく希望があります。キリストを信じる者とされた瞬間から、死の瞬間まで、生涯にわたって変えられ続けていくのです。
「わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。」(第二コリント3:18)
人間全体にわたり・・・新しくされる
心の底から新しくされて、考えること、感じること、語ること、行動することなど、その人の全体が変えられていくのです。しかし、主は権力をふるうこの世の王や権力者たちのように、その御業を進めません。御自分を低くして私たちの心に語りかけながら、その御業を進めます。
「わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」(黙示録3:19-20)
このような神の御業は、確かに人間のいろいろな罪や弱さによって妨げられますが、それが何でしょう。
これはあくまでも神の御業です。ここに希望があります。
「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。」(フィリピ1:6)