【今年度の教会目標】 『祈りを豊かにする』29 2014年11月9日
「今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。
願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」
(ヨハネ16:24)
「そうすれば与えられ」と約束されています。
キリストの名による祈りが無視されることはありません。
キリストの名によってささげる祈りは、ことごとく聞かれています。
そして、答えられています。
確かに、願っても何も変わらず、何も与えられないように思われることもあるかもしれません。
しかし、それで「何も与えられない」と結論するのは、浅薄であり高慢でもあります。
私たちが願うものや欲しがるものがそのまま与えられるとは、約束されていません。
与えられるものは、キリストの名にふさわしい答えです。
イエス・キリストの祈りは、ことごとく答えられました。
「わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。」
(ヨハネ11:42)
このような祈りをもって歩まれた主は、父なる神に対して完全なへりくだりをもって歩み抜いて行かれました。
祈りの答えは、その道筋にありました。
私たちも、キリストの名によって祈りつつ答えを見たいなら、
どんなに不完全なへりくだりでも、その道筋に身を置くようにしなくてはなりません。