『時宜にかなった助け』
「だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、
時宜にかなった助けをい ただくために、
大胆に恵みの座に近づこうでか。」
(ヘブライ4:16)
聖書は、「(祈り)求めるならば、(自分の欲しいものが)与えられる」とは教えません。
「時宜にかなった助け」を与えると約束します。
「時宜にかなった助け」とは、そのときにもっともふさわしい助けです。
その助けを得たからといって、すべての問題や悩みがすっきりと解決したり、
なくなったりするかどうかは、わかりません。
しかし、ふさわしい助けさえあれば、忍耐することができます。
忍耐するとは、その問題や悩みを受け止めることができるようになるということです。
あるいは、重荷に圧し潰されそうになっていた人が、
その重荷を今までよりも軽いものとして担いながら、歩むようになるということです。
しかも、そのようにして、その人自身が成長していくならば、
重荷を負いながらも、喜んだり、希望を抱いたり、
希望に満たされたりし始めるということでもあります。
一人では担いきれなかった重荷や悩みも、
「時宜にかなった助け」さえあれば、軽いものになり始めます。
キリストは、私たちのことをよくご存じの御方です。
その弱さもよく知って、その弱さを深く思いやりながら同情できる御方です。
キリストは、そのときにもっともふさわしい助けを与えてくださいます。
何であれ一人で悩み続けることをやめて、日ごと新たにこの御方を知り、
この御方に祈ることを学んで参りましょう。
「だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、
時宜にかなった助けをいただくために、
大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。」