『思いわずらいに』
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。」
(フィリピ4:6)
「思い煩うのはやめなさ」と教えられています。
思い煩うことはやめても、考えることはやめられません。
しかし、どこまでが考えることで、どこから思いわずらいになってしまうのか、
自分でも区別がつかないこともしばしばです。
いろいろと順調に考えているうちはよくても、いつのまにか、
いろいろなことが気になって、思いわずらい始めてしまいます。
実際、大切なことは、真剣に考えれば考えるほど、そのように進んでしまう気がします。
そのような私たちに対して、聖書の言葉ははっきりしています。
「思い煩うのはやめなさい」。
信仰によって得られる平安もなしに、考え続けることをやめます。
いったん休みます。
そして、信仰によって考え直します。
神とその御言葉に尋ね求めながら、祈りつつ考えます。
信仰によって考えるときには、自分で答えを出せるかのようには考えません。
神から答えをいただくように考えます。
「あなたの定めは私の楽しみです。
わたしに良い考えを与えてくれます。」
(詩編119:24)
そして、神を待ちます。
神への望みを増し加えていただきながら。
「わたしたちの主に目を注ぎ、哀れみを待ちます。」
(詩編123:2)
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。
何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、
あなた方の心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」