『永遠の安息』
「安息日の休みが神の民に残されているのです。」
(ヘブライ4:9)
ここで「安息日の休み」と言われているのは、天地創造の初めに神が安息なさった日の休みです。
「第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、
第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。
この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、
第七の日を神は祝福し、聖別された。」
(創世記2:1~2)
それは、神の永遠の安息日です。
週ごとの安息日(主の日)は、この永遠の安息日を覚えながら、
その安息にあずかる日を待ち望みつつ守られています。
(出エジプト20:10~11)
この永遠の安息こそ、人が心の最も深いところで望んでいるものではないでしょうか。
その安息にあずかったなら、もはやそこまでに味わった労苦を思い出さないでしょう。
「神は自ら人と共にいて、その神となり、
彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」
(黙示録21:3~4)
また、その安息を堅く待ち望むなら、今の労苦に圧し潰されたままではいないでしょう。
「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、
取るに足りないとわたしは思います。」
(ローマ8:18)
キリストが弟子たちに「自分を捨てて、十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われたとき、
この永遠の安息へと導いておられました。
「安息日の休みが神の民に残されているのです。」