『主にあって混沌はない』
「混沌の中にわたしを求めよ、と言ったことはない。」
(イザヤ45:19)
「混沌」とは、何が何だかわからないような状態です。
いろいろなことが起きたり、存在したりしていても、
つながりもなく、ただ混乱していて、意味もなく、むなしい状態です。
そのような混沌の中に置かれたなら、どれほど不安なことでしょうか。
あるいは、その渦中にいなくても、それを感じたなら、
心は乱れ、その判断や歩み方も落ち着きを失い始めるのではないでしょうか。
しかし、主なる神がおられるなら、混沌はありません。
混沌と見えるような有様は生じるでしょう。
しかし、それは混沌ではない、と主は言われます。
「混沌の中にわたしを求めよ、と言ったことはない。」
天と地を、混沌の中から造られた神です。
神は、「天を創造し、地を形づくり、造り上げて、固く据えられ」ました。
そして、「混沌として創造されたのではなく、人の住む所として形づくられ」ました。
(イザヤ45:18)
確かに、この天地において、いろいろなことがあります。
しかし、混沌の中から、「光あれ」と言って、天地を造られた神がおられます。
聖書は、この神を知ることによって、人は生きるのだと教えます。
混沌の中から天地を造られた神が、聖書において、
ありとあらゆる混沌と見える有様の中で、人に語りかけておられます。
その語りかけと出会うことができるよう祈ります。
どうぞ、お気軽に、あるいは思い切って教会へもお訪ねになってみてください。
「(人は)神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」
(マタイ4:4)
「混沌の中にわたしを求めよ、と言ったことはない。」