『命の光を持つ』
「わたしは世の光である。
わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」
(ヨハネ8:12)
光があるなら、恐れ続けることも心配し続けることもありません。
「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。」
(詩編23:4)
聖書の言葉を自分の心に守りながら、
キリストを知り続ける人々の口からは、いずれこの言葉が出てきます。
人の口からは、心にあふれていることが出て来るからです。
(ヨハネ12:34)
「死の陰の谷」は、死の陰が人を覆って、恐れや不安を抱かずにはいられないところです。
しかも、「谷」ですから、歩むほどに恐れや不安が増すような道かもしれません。
しかし、共におられる御方が光です。
私たちの恐れも不安も、その御方が受け止めてくださいます。
「命の光を持つ」人々が、暗闇の中をさまよい続けることはありません。
死の陰の谷がどんなに困難なところであっても、
それがどこへ続くかを知る人々にとって、通過点にすぎません。
また、そのような不快な道においても、
主が憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださいます。
死の陰の谷を行くことは試練ですが、そこに絶望はありません。
約束と希望に満ちています。
むしろ、試練の中で、ますます主を知り、行くべきところを知ります。
「主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるだろう。」
(詩編23:6)
主の慈しみをほんとうに知り続ける人々にとって、
主の家に帰ることは、ますます楽しみなことでしょう。
今日、共におられて、憐れんでくださる主の家です。
確かに歩むのに困難な道かもしれませんが、命の光があるからそこを歩み抜きます。
「わたしは世の光である。
わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」
(ヨハネ8:12)
「その人は死を味わうことがない。」
(ヨハネ8:52)