『望むものを何でも願いなさい』
「あなたがたがわたしにつながっており、
わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、
望むものを何でも願いなさい。
そうすればかなえられる。」
(ヨハネ15:7)
「望むものを何でも願いなさい」と、主イエスは言われました。
しかも、「そうすればかなえられる」と約束されました。
願ったことが何一つむなしく終わることはありません。
しかし、これには決定的な一つの条件があります。
「わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば・・・」です。
イエス・キリストの御言葉に尋ね求めて、従い、頼りながら祈るという条件です。
主イエスと心を合わせて、一緒に祈るとも言えます。
確かに主イエスの祈りは、ことごとく父なる神に聞き上げられました。
しかし、石がパンに変わることを望むほどに空腹のとき、
石がパンに変えられるようにとは、祈りませんでした。
あるいは「あなたの足が石に打ち当たることのないように、
天使たちは手であなたを支える」との御言葉があっても、
それを勝手に利用して、父なる神を試したりもしませんでした。
(ルカ4:1~12)
「自分の願いではなく、御心のままに」と求めて、どこまでも祈り続けました。
(ルカ22:42)
この御方の言葉がいつも心の内にあって、
その言葉がその人の内に生きているなら、
望むことは何でもかなえられます。
「あなたがたがわたしにつながっており、
わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、
望むものを何でも願いなさい。
そうすればかなえられる。」